2015年04月

手を振る






行ってきます、と家を出てから


3回手を振るわたし。



玄関を出るとき

家の横を通るとき

その向こうの道を通るとき。



学年が上がるにつれ

娘が手を振る回数は減った。



家をでるとき以外は

後ろや前を気にしながら

チラリと振り返るものの

手を振る姿を見られたくないみたい。



こうやって

成長していくんだね。



今日はどんな顔して

帰ってくるのかな。






暗闇にいるときには

光を探し求めて彷徨うのに



明るい光をあびることができるようになると


眩しすぎて

目をつぶってしまう。



私はずっと

そんなことばかり繰り返している。



ずっとずっと

繰り返している。

わが子を撮る難しさ






子どもがいて写真が趣味だと

「子どもさんをたくさん撮れるから被写体に困りませんね◯」



と言われたりするのだけど
意外とわが子の写真を撮るのって
難しかったりする。


ダカフェ日記やハルミナなど
親目線でわが子の日常を切り取った
素敵な写真集を見るたびに



こんな風に「今」をのこせたらなぁって思うし


成長していくなかで
日々おこっているエピソードなんかは
それらの写真集に負けないくらい
素敵なのよ!とも思う。



がしかし!
それをここぞというタイミングで
バシッとカメラにおさめるのは
ほんと難しい。



ほとんどの場合
私はその場面に「おかあさん」として存在しているわけで


そこで起こったことの当事者側にたっているので
カメラを持っていては対応できないし
ましてや構図やらピントやらを合わせる余裕なんて皆無。



すごくいい場面はいっぱいあるのに
形として残せないことの方が多い。



ハルミナの濱田さんや
そういった写真を撮る写真家の方々は
親として存在すると同時に
カメラマンとしても冷静にシャッターを切っているのだろうし


一方で撮られる側の子供たちは
おとうさんが「おとうさん」でありながらも「撮る人」としてそこに居合わせていることを常に受け入れていて



だからこそ
カメラの前で泣いたり笑ったり
自然な表情を見せることができるんだと思う。



私ももっと技術力をあげて
サッとピントや露出を合わせ
シャッターをバシッと切れるようになりたいんだけど



私は多分
撮る人とおかあさんをいっぺんにこなすのは無理なんで



自分の中のフォルダに大事に保存していくという


フツーのおかあさんで
いこうと思います。

始動




五年生になった娘の

新しい毎日が始まった。


昨年度はなかなか教室にいけなかったりもしたけれど
昨日からの授業は
きちんと教室で受けられたもよう。




仲良しのお友達と
また同じクラスになりホッと一安心。


また同じクラスになれて嬉しいです、とそのお友達のお母さんからお電話をいただき


私もなんだかとても嬉しい。



まるでランドセルが歩いてるみたいなくらい小さな体の新一年生をみて



こんなに小さかったっけなぁって思いつつ数年前の写真を眺める


あ、小さかったんだ。
って


改めて成長を実感する母なのでした。

(今日の写真は一年生の時のです!)
ギャラリー
  • ママになった日
  • 発病年齢
  • 私のせい
  • ちいさくてやさしい
  • 声の居場所
  • 変わったし、変わらないし。
  • 境目を泳ぐ
  • 成長、進歩、変化
  • わが家の夏休み